フロンの生産特許
「環境にやさしい(エコロジカル)」という言葉は「宇宙 (ユニバース)」という言葉に似ている。どちらも意味する実体をもたないという点で。エコロジカルとは相対的なものでもある。相対的とは主観的ということでもある。大衆の主観でどうにでも変わりうる。エコロジカルという言葉がどのようにでも使いうることは今日の常識でもある。語られている文脈から切り離してしまうと、エコロジカルが何を意味しているのかまったく分からなくなる。
われわれの愛する地球の歴史を虚心坦懐(きょしんたんかい)に眺めてみると分かることは、地球環境で確実なのは、それが絶え間なく変化しているということである。あるときは住みにくくなる方向へ、あるときは突然、大変動が生じる。こう考えると環境保護運動そのものが急に色あせて見える。そもそも自然の状態そのものが変動するのであれば、ある環境指標の変化にどうしてそれほど頭を悩ませる必要があるのだろう。いったいどこの誰が、このような空虚な環境のとらえ方を始めたのだろうか?
冷蔵庫やエアコンに使われているクロロフルオロカーボン、その代表的商品名はフロンである。アメリカにおけるフロンの生産特許が期限切れになるのと同時に、フロンの使用が禁止されることになった。これは偶然にしては驚くべきタイミングのよさである。世界各国でようやくロイヤリティを払わずにフロンの生産が行なえるようになった矢先に、禁止令が出されたのである。そのかわり、新しい代替化合物が登場した。むろんそれは特許で守られている。フロンはこの新製品に置き換えられ、これを生産する企業には再び金が入る仕組みになっているのだ。
(キャリー・マリス著・福岡伸一訳『マリス博士の奇想天外な人生』早川書房、2000年)