鹿島曻『昭和天皇の謎』

侵略戦争はヤクザの縄張り争いと同じだ(2)

張作霖爆殺事件は関東軍の独走ではなかった。東条英機ら全陸軍によって支持されていたのだ。しかし、あらかじめ首相田中義一はその計画を知らず、張作霖をつねづね自分の子分と思っていたからびっくり仰天したのである。

天皇は再三にわたって田中首相に犯人の処罰を命じたが、田中は全陸軍の抵抗にあって処罰できない。天皇は侍従長鈴木貫太郎に「田中のいうことはちっともわからん。二度と聞きとうない」といった。それを侍従長からきいた田中は総辞職を決意し、1928年7月に退陣する。本人は9月に急死しているが自殺であろうという人も多い。

陸軍の規定によると、日本国外に駐屯する関東軍を統括するのは総理大臣でも陸軍大臣でもなく、参謀総長である。

また、大日本帝国憲法の第11条には「天皇は陸海軍を統帥す」とある。日本の軍隊の最高のリーダーは天皇なのだ。天皇から命ぜられて軍隊を動かすのが、参謀総長をトップとする陸軍参謀本部であり、軍令部総長をトップとする海軍軍令部であった。前者は陸軍、後者は海軍を司る。

現代人には理解しにくいが、関東軍を本土から指揮する参謀総長に命令できるのは大元帥たる天皇ただ一人であって、田中首相にはなんの権限もなかった。これが「天皇は陸海軍を統帥す」のシステムであり、天皇の大権の一つであった。

(鹿島曻『昭和天皇の謎』新国民社、1994年)

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