大宅壮一『無思想の思想』

明治の天皇制(1)

一般に明治後の天皇制は、徳川末期の尊皇思想によってつちかわれ、明治政府によって完成したと信じられている。それにちがいない。しかしこのような強烈な絶対主義が、突然発生したと思うのはまちがいである。その前に徳川270年にわたる絶対主義封建制度があったことを忘れてはならない。

それは徳川の鎖国政策から生れたものであるが、その政策を300年近くも守り通すことができたということは、主として日本の地理的条件のお陰だといっていい。その間に日本の民衆は、徳川家を中心とする絶対権力に、反抗も亡命も許さぬという形で服従することを強いられ、それに馴らされてしまったのである。

徳川幕府が一般大衆にうえつけた絶対服従の心理的習性は、幕府が倒れてもそう急になくなるものではない。明治政府はむしろこれをうまく利用して、幕府にかわる新しい絶対主義を確立したのである。

(大宅壮一『無思想の思想』文藝春秋、1991年)

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